国内ではあまり知名度がありませんが、仏教学・インド哲学の世界的権威である東京大学名誉教授・中村元博士の記念館です。 中村博士は松江市のご出身で、ご遺族の方が博士の蔵書を松江市に寄贈されたことがきっかけで開館しました。
美保神社の門前の青石畳通りの中にある治38年(1905年)創業の老舗旅館です。 本館の建物は国の登録有形文化財に指定されており、宿泊者は和洋折衷のレトロな雰囲気の中で、ゆっくりと過ごすことができます。
松江市立病院建設予定地で発見された、約2000年前の弥生時代の環濠遺跡です。 田和山の山頂部を3重の環濠が囲んでいるという全国的にも例のない遺跡で、国の史跡に指定されています。
大根島にある牡丹と高麗人参で有名な日本庭園です。 通常は春しか咲かない牡丹を、長年の歴史の中で培った特殊な技術で一年中咲かせることができるため、いつ訪れても大輪の牡丹を楽しむことができます。
出雲大社の隣にある、島根県の歴史をテーマとした博物館です。 展示室に入ってすぐ、出雲大社境内で発掘された鎌倉時代の本殿の巨大な三本柱がお迎えしてくれます。 常設展示室では、古代~中世の出雲大社の高層神殿を推定復元した模型や、加茂岩倉遺跡から出土した弥生時代の大量の銅鐸、「額田部臣」の文字が刻まれた古墳時代の鉄剣など、島根県内の貴重な資料を見ることができます。
1300年前の奈良時代の地誌「出雲国風土記」にも登場する古社です。 御祭神の素盞嗚命は、神話の中で朝鮮半島の新羅国から植林や製鉄などの先進技術を日本に持ち帰ったとされ、韓竈神社は古代の渡来系の人々による製鉄の歴史と関りが深い神社だと考えられています。
日本の滝百選に選定されています。 川沿いに遊歩道が整備されており、トレッキングをしながら8つの滝(猿飛滝、滝尻滝、紅葉滝、河鹿滝、姥滝、姫滝、八塩滝、八汐滝)を巡ることができます。
大正10年に役所として建てられた国の登録有形文化財の近代建築で、益田の歴史について学べる資料館になっています。 益田市には戦国時代以前の中世の街並みがよく保存されているため、「中世の益田」として日本遺産に認定されるなど、近年注目を集めています。
万葉集の数多くの名歌で知られる歌聖・柿本人麿を祀る神社です。 和歌の上達にご利益があるとして、古来より天皇をはじめ多くの人々の信仰を集めてきました。 晩年に国司として石見国へ下向した人麿は、石見の女性と愛し合い、石見相聞歌と呼ばれる有名な長歌を詠んでいます。
平安時代に建立された踊念仏で知られる時宗の寺院です。近くにあった山城・七尾城の城主である益田氏の菩提寺でした。 応仁の乱直後の文明10年(1479)に、15代城主益田兼堯が画聖・雪舟を招いて作らせた庭園は、国の名勝に指定されています。
島根半島の先端の地蔵崎にある、明治時代に造られた山陰地方で最古の石造りの灯台です。 崖の上に建つ高さ14mの灯台からは、雄大な美保湾と中国地方最高峰・大山(大山)、空気が澄んでいれば遥か海の彼方の隠岐の島まで望むことができます。
出雲大社などの建築様式として有名な「大社造」の社殿が3つ横に並列しているという、全国でも他に類を見ない神社です。 御祭神の佐太大神は、1300年前の奈良時代に書かれた地誌「出雲国風土記」に4柱しか登場しない「大神」のうちの1柱で、神社から少し離れた松江市島根町の加賀の潜戸で生まれたという神話が残っています。
出雲大社の御祭神大国主命の息子で恵比須様として親しまれている事代主命と、三穂津姫命を祀る神社です。 島根半島の先端に位置する美保関は古来より海上交通の要所として栄え、美保神社は海上安全・商売繁盛の御利益があるとして、多くの人々が船で参詣していました。
長い石段を登った先の、巨大な岩壁のくぼみに張り付くように建てられた神社です。 神社の伝承によれば、ヤマタノオロチを退治したスサノオノミコトが、八重山の岩窟に住む「鷲尾の猛」という魔神が金鶏に姿を変えて飛び回り人々を苦しめていることを知り、これを退治したのが始まりと言われています。
現存する12天守の内のひとつで、国宝に指定されています。 標高28mの亀田山に築かれた平山城で、堀尾吉晴が慶長12年(1607)に築城し、のちに松平家10代の居城となりました。
出雲大社は、古くから「神在月」として知られる10月には全国の神々が集まるとされる、日本神話において非常に重要な神社です。 出雲大社の一番の見どころは、何と言ってもその雄大な社殿です。