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入来麓武家屋敷群

入来麓武家屋敷群

2024/12/01

入来は、鎌倉時代に地頭職であった関東の渋谷氏がこの地に入り入来院家「入来院」と名乗って支配した荘園でした。 昭和4年アメリカのエール大学の教授朝河貫一氏により入来院家等に伝わる「関係文書」が英訳され、『入来文書』として刊行されたことによって有名になりました。 現在の入来麓武家屋敷群の町並みは中世から江戸期にかけて出来たもので、特徴は樋脇川の石を使用した玉石垣とその石垣の上に植えられた茶やイヌマキなどの生垣で整然と区割りされているところです。 入来のほぼ中央部に位置する麓地区は、四隣に威を振った薩摩藩随一の堅城(山城)である清色城を中心に川原石を使った玉石垣による整然とした区画割、武家屋敷門(茅葺門)、大手門前の濠や広馬場、下門口を備えたお仮屋跡など多くの史跡・文化財が残っています。 近世になって整備された街路と地割が旧態をとどめ、屋敷割りもよく残っていて歴史的価値が高いとされています。 入来麓は薩摩藩麓の一つで中世の名残を残す町並みとしてよく保存されていることから、2003年12月に鹿児島県では知覧武家屋敷群、出水麓武家屋敷群に次いで国(文化庁)の重要伝統的建造物群保存地区(武家町)に選定されました。 2019年、日本遺産「薩摩の武士が生きた町~武家屋敷群「麓」を歩く~」の構成資産として登録されました。 ※写真は茅葺門。

ホームページ:
https://www.kagoshima-kankou.com/
住所:
鹿児島県 薩摩川内市入来町浦之名麓
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