玉作湯神社背後の小高い山が、玉造城または要 害山城、湯ヶ山(ゆがせん)城、湯ノ城(ゆのさん)と呼ばれる古城跡である。南北朝のころの築城だという。後醍醐天皇が隠岐へ配流される際、同行した湯庄(ゆのしょう)の富士名判官義網の留守中に、家臣の諏訪部扶重(すけしげ)が謀反を企てて築城したものだが、間もなく騒乱で焼失したといわれる。しかしその後、湯庄を領した湯伊予守秀貞が、規模を改めて構築したという。
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- https://www.kankou-shimane.com/
- 住所:
- 千葉県 香取郡多古町南玉造
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